糖尿病患者は甘いにおい。腎臓病患者はアンモニア臭と、ヒトの体は疾病のサインをにおいで表現しているようです。このようなにおいで疾病を診断できたら、どれほど患者に経済的にも身体的にも負担をともなわない診断方法として画期的なことでしょう。

においによる"嗅診"は実用化できるのか

糖尿病患者は甘いにおい。腎臓病患者はアンモニア臭と、ヒトの体は疾病のサインをにおいで表現しているようです。このようなにおいで疾病を診断できたら、どれほど患者に経済的にも身体的にも負担をともなわない診断方法として画期的なことでしょう。

以前から、イヌが嗅覚についてすばらしい能力を発揮することは知られていました。すでに警察犬や麻薬犬・遭難救助犬などの分野で、イヌの嗅覚が着目されて世界的に大活躍しています。そこで、このイヌの嗅覚をヒトの疾病発見に利用できないか? またはその感知システムを機器に応用して取り入れることで、診断を簡易にすることはできるだろうか? という研究テーマに着目しました。

そうしたときに実現に向けて役立ってくれる、すばらしい嗅覚のイヌが登場しました。彼女の名はマリーン。千葉県白浜町にある「StrSugar 福祉犬育成協会白浜育成センター」の佐藤悠二支部長が訓練した海難救助火です。

マリーンはヒトのがんの呼気を嗅ぎ分ける、がん探知犬第1号です。実験は、まず乳がん患者の呼気を10の6乗倍・9乗倍・12乗倍に薄めたものを詰めたパックを作成します。このパックは病院などで使われている「呼気採取パック」と同じものです。風船をふくらませる要領で息を吹き込むだけで、呼気を逆流させることなく採取できます。大気汚染のガスを入れて環境調査するときにも使われています。

その乳がん患者の呼気パックの中の1個と、健常者の呼気を詰めたパック3個とともに箱に入れて並べて配置しました。この配 置をする人物は、実験に影響を与えないために、マリーンが知らないヒトが、マリーンほか実験に立ち会う人間もいないところで、配置にあたっています。これはイヌが無意識下のヒトの行動や癖も見抜き、そこから当たりの箱を判断してしまうこともありえるため、イヌの嗅覚以外の要素が作用することのない状況にする点に配慮しました。

その後、マリーンに注射器で採取したがん患者の呼気を嗅がせて、佐藤さんが命令します。

 「探せ!」

マリーンは訓練されたとおりに注射器と同じにおいを見つけると、その箱の前でぐるりと回って、座ります。そこでその箱をメモします。

同じ段階をふみ、何回も実験は行われます。当たりの箱の位置もそのたびに変わります。12回ほど繰り返し、マリーンが疲れを見せ始めたので、この日の実験を終了し、呼気パックの配置場所と、マリーンが嗅ぎ分けた箱の位置を照合してみると、ほぼ100%正解でした。ほぼ、というのはどの箱の前でも座らずに戻ってきたケースと、探しあてるのにかなり時間がかかったケースがそれぞれ1回あったからです。この2つは10の12乗倍まで薄めたパックを探しあてるもので、さすがのマリーンも薄いと嗅ぎ分けるのに苦労するようでした。これはイヌの嗅覚がすぐれていても、酪酸のような強烈なにおいでも10の14乗倍になると感知不能ということがわかっています。はぼ無臭としかいえない「乳がんのにおい」が10の12乗倍まで薄められれば、どれほどすぐれた嗅覚をもってしてもお手あげでしょう。

次にがん探知センサーができることで、どれだけヒトの負担が軽減するかについて、乳がんの場合を例に説明しましょう。

乳がんの検査機器には、乳房のX線写真を撮るマンモグラフィという最新機器があります。これは視触診のみを頼りにしていた乳がん検診に新たな道を間いたものです。欧米ではすでに一般的にマンモグラフィによる検診が行われていて、早期発見により死亡率を減少させる効果が得られています。そのような状況を受けて、日本でも2004年からがん検診指針の一部が、乳がんについては40歳以上の女性に対してマンモグラフィ検診を行うことを原則とすると改正されています。

日本女性のがんの中でも乳がんは、1994年以来急増し、罹患率1位。死亡者数は年間1万人を越えています。その原因は遺伝的要因にプラスして、食習慣の変化や飲酒・タバコ・運動不足などの要因の増加が考えられます。こうした背景から、厚生労働省で約3千800万人の女性に受診をうながしているなかで、実際に受診しているのは260万人とその7%にすぎません。このように受診率が低い現状があるうえ、この検査には痛みをともないます。やわらかい乳房を専用のレントゲン装置ではさんで写真を撮りますが、これがとても痛いようです。特に胸が小さい女性ははさむのが大変で、「痛み」と「はさめなかったら恥ずかしい」という、受診をためらわせる2つの大問題を抱えています。

このはかにもがん検診は間題があります。1つはマンモグラフィ以外のPET ・ CT ・ MRT ・ 超音波・X線など、全体にいえることですが、診断の精度が撮影をする技師と読影をする医師の技量 に左右されることです。画像がピンボケだったり、撮影角度が適切でなかったりすると、病巣が発見されないままに放置される危険があります。画像が示す警告を、医師が見逃してしまうこともないとはいえません。その意味で精度が高いとはいえないジレンマがあります。このほか、検査の過程で無理な姿勢を取らされたり、微量なりとも被爆のリスクがあったり、カプセルの中に閉じ込められる恐怖にも似た緊張感があったりと、検査にはけっこうな苦痛がともないます。しかも乳がん検診推進者が日をそろえていうことは、総じて50歳以上は効果がありますが、50歳以下は十分なデータがなく不明というのです。これで早期発見といって40歳から受診させる意味はあるのでしょうか?

また乳がんは肺がんと違い、レントゲン被爆の範囲は狭いので、レントゲン検査の弊害を受けることが少ないのですが、過去の統計から、乳がん検診は20回に1回は誤診が起こり、異常がない状態で乳がん宣告を受けてしまうことがあります。

そして、がんの最新の医療機器を使ったがん検診は多くが高額です。日本は世界1多くCTスキャンをもっている国ですが、CTスキャンを受けることは被爆の危険性と表裏一体なのです。そのうえ、誤診が起こる可能性もあります。

このようながん検診のリスクを払拭できるのが、がん探知センサーなのです。これだと乳房にパッドをあてて体液を採取するだけです。あとは乳がんのにおいをそこから判別するだけ。ほかのがんでもその呼気を取り込むだけで、なんの苦痛もなく短時間で簡便に検査ができます。分析に技師や医師の技術は不要なので、見逃される心配も少なく、金銭的負担も少ないでしょう。

適切ながん診断のためにも、マリーンたちにがんばってもらい、1日も早くがん探知センサーが完成することを願います。 

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  1. においによる"嗅診"は実用化できるのか
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  2. 香りやにおいに敏感な人は好き嫌いが多い!?
    味覚と嗅覚は表裏一体のものです。料理の香りを感じられるからこそ、おいしく食べられます。ヒトが成長して大人になると、これまで食べてきた経験則や知識で食べることもあります。
  3. 食べ物の賞味期限は、においで判別できるのか?
    生鮮食料品などを扱う、プロの販売業者や調理師の中には、経験則で状態を判断できる方がいるようです。これは検定制度の中に、においで鮮度を判断するという項目があるわけではありません。

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